勝手にさよなら

浮遊の記録

上階のビルマーレイ

先日、上の階に越してきた中年男性が明太煎餅を持ってわざわざ挨拶をしに来てくれた。9月半ばになってもまだまだ暑いし、引越し作業もあってか、そのおじさんの額からは汗が噴き出していて、それが玄関に差し込む日に照らされて、発光して見えた。つぶらな瞳で、目元もキラキラして見えて、表情に悪意がなく、ビル・マーレイに似ていて、一瞬で心を許してしまうような魅力が彼にはあった。ノーガードの笑顔。それは生まれ育った環境によって備わったものなのか、厳しい社会を生き抜くために大人になってから身につけたものなのか、わからないけれどとにかくうっとりするようなダッド感。

俺はあなたとゆるやかに繋がりたいと思ったのだけれど、隣人同士のそういう関係って難しい。例えば、横に住んでいる愛想の良いおばさんと、ビル・マーレイと俺で、歩いて数分の居酒屋で話したりしてみたい。それぞれの人生について話して、その全然違うストーリーに感心したり、たまにある共通点に喜んだり、なんかあったら助け合いましょう、なんて言い合ったりしたい。この前読んだ「ふきよせレジデンス」という漫画に影響を受けたのか、そういう緩やかなコミュニティに憧れている。でも、廊下で偶然会ったりしても、今日暇です?飲みに行きません?なんてことには絶対ならないし、この先も多分ないだろう。そもそも、こんな繋がりを求めているのは俺だけかもしれないし。

上階のビル・マーレイは夜中に平均2回トイレに向かう。俺は今日もそれを彼の足跡から察する。人の気配で孤独を和らげている。